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千葉地方裁判所 平成6年(行ウ)22号 判決

原告

共進總業株式会社(X)

右代表者代表取締役

鶴岡房夫

右訴訟代理人弁護士

山本裕夫

被告

千葉県知事(Y) 沼田武

右訴訟代理人弁護士

岩本信行

右指定代理人

富田直人

藤村輝昭

腰越貞次

関拓司

阿部博行

寺内敏一

信太康宏

古谷一雄

横尾裕

理由

一  被告が本件確認処分及び本件開発許可をしたこと、原告が本件土地を所有していること、本件確認処分に係る開発区域が本件土地の北西側の一辺に隣接し、本件開発許可に係る開発区域が本件土地の東側に隣接していること、別紙図面記載の町道が平成三年九月に除外認定(廃止)されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本案の判断に先立ち、原告が本件確認処分の取消訴訟の原告適格を有するかどうかを判断する。

1  「法律上の利益を有する者」の意義について

行政事件訴訟法九条は、取消訴訟の原告適格について、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限る旨を定めているところ、右「法律上の利益を有する者」とは、当該処分等により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうものと解される。

そして、当該処分等を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分等によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分等の取消訴訟の原告適格を有するというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分等を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁平成四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁参照)。

これと異なる原告の主張(本案前の主張に対する原告の反論1)は採用することができない。

そこで以下、右のような見地から、原告が本件確認処分の取消訴訟の原告適格を有するかどうか、すなわち、本件確認処分が原告の権利若しくは法律上保護された利益を侵害し又は必然的に侵害するおそれがあるかどうかについて検討する。

2  本件条例の趣旨・目的及び本件確認処分の性格について

(一)  本件条例及び設計確認処分の趣旨

本件条例(甲第九号証参照)は、相当規模の宅地・ゴルフ場等の開発事業の施行に関し必要な基準を定めて、その適正な施行を確保し、もって開発区域及びその周辺の地域における災害を防止するとともに健全な生活環境の保全を図ることを目的とし(一条)、都市計画法四条二項に規定する都市計画区域以外の地域において行われる〇・五ヘクタール以上の一団の土地に係る宅地開発事業及び一〇ヘクタール以上の一団の土地に係るゴルフ場等の開発事業について適用するものとしている(三条)。そして、右開発事業に係る工事を施行する事業主は、あらかじめ開発事業の工事の設計が本件条例別表第一ないし第三に規定する基準に適合するものであることについて知事の確認を受けるべきものとしているが(七条)、本件条例は右基準として、開発区域内の〈1〉道路の幅員、構造、防護施設、勾配、開発区域外の一定規模の道路への接続等、〈2〉公園等の設置位置及び面積、〈3〉排水施設の設置及び構造、〈4〉消防の用に供する水利施設の設置、〈5〉地盤、地形等に応じた安全上必要な措置、〈6〉がけ面の擁壁の設置、構造等、〈7〉土地の区画形質の変更の限度その他各種のものを定め(別表第一ないし第三)、本件条例施行規則(甲第一〇号証参照)三条で右各基準の技術的細目を定めて具体化している。

そして、本件条例の趣旨、右各規定の文言及びその内容からすると、右基準は、開発区域周辺の土地所有者等の個人的な利益を直接保護することを内容として立てられたものではなく、開発区域及びその周辺における災害の防止及び良好な自然環境、生活環境等の維持・保全等といった公共の利益を達成するために、開発に係る設計の内容が具備すべき基準を定めたものと解される。

言い換えれば、本件条例は、開発事業に係る土地の所有権の帰属や移転といった権利関係とは直接かかわらないものであり、また、原告が問題としているような従前の通路の廃止といったようなことは、公道であれば本件条例による処分とは別の行政処分等の措置を予定し、その上で、本件条例は周辺地域の災害防止及び環境の保全の観点から、開発事業を行う者に対し、被告との協議及び開発事業の工事の設計について右の観点に立った一定の基準に適合することの確認を得ることを要請したものと理解されるのである。

(二)  隣接土地所有者の同意の趣旨

本案前の主張に対する原告の反論2の(一)の(1)で原告が主張するとおり、本件条例七条四項、同施行規則五条二項では工事の設計の確認申請書に権利関係等調書を添付すべきものと定めているところ、甲第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、その運用においては、被告が事業施行上必要と認めた場合には開発区域の隣接土地の所有者の同意を徴するとの指導がなされていることが認められるが、右同意を徴することにより直接に保護されるべき隣地所有者の権利、利益は、本件条例及び同施行規則には具体的に規定されていない。

また、弁論の全趣旨によれば、千葉県の行政実務上隣地所有者の同意を求めることが事業施行上必要とされている場合とは、例えば開発区域とその隣接土地との境界に擁壁やU字溝等を築造するに当たって隣接土地の形状に影響を与える場合などであり、このような場合に事業者と隣接土地所有者との間で協議が整わなかったときには、いったん確認を受けた工事の設計が変更を迫られる事態も考えられるので、そのような不確定な設計のまま設計確認処分を行うことを避けるため、予め隣接土地所有者の同意を得て設計を確実なものとし、その後に設計確認処分を受けるように行政指導がなされていることが認められる。

以上に認定したところによれば、被告が事業施行上必要と認めた場合に隣接土地所有者の同意書を徴するよう事業者に指導しているのは、設計確認処分を円滑に進行させるための便宜的措置として行っているにすぎず、このことをもって、本件条例が隣接土地所有者の権利又は具体的利益を直接保護する趣旨を含むものと解することは相当ではない。

(三)  都市計画法との関係について

都市計画法は「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与すること」を目的とし(同法一条)、右目的達成の手段として「農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきこと」を基本理念とし(同法二条)、開発区域及びその周辺の地域における環境の保全あるいは災害の防止等の観点に基づいて、本件条例七条の設計の確認の各基準と同旨あるいは類似の基準を定めているが(都市計画法三三条一項二号、三号、六号ないし一〇号、一二号、一三号など)、都市計画法上の開発行為の許可制度は、同法の目的とする都市の健全な発展と秩序ある整備、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動の確保という公共の利益の実現のための制度であり、開発区域の隣接地所有者等の権利又は具体的な利益を直接保護するものと解することは困難である。

3  本件確認処分が原告の権利・利益に与える影響等について

(一)  原告の権利・利益の侵害の有無について

原告は、本案前の主張に対する反論2の(二)のとおり、本件土地が本件開発許可に係る開発行為の開発区域と本件確認処分に係る開発事業の開発区域に取り囲まれて右各開発区域から袋地状に除外され、また本件土地に至る町道及び私道が町道の廃止等により利用不可能となった結果、本件土地はいわば「死に地」となり、本件土地の所有権の行使に対する実質上の侵害が生ずると主張する。

ところで、〔証拠略〕によれば、本件確認処分に係る開発事業主であるエヌ・アイ・ディ企画は、被告の行政指導により、大原町長を立会人として本件土地を含む沢部地区の代表者との間で本件ゴルフ場の建設に伴う環境保全のための対策等について協定書(乙第五号証)を取り交わし、その中で、エヌ・アイ・ディ企画が沢部地区から高塚山にかけて幅員二メートルの通路を開設することを合意しており、これとともに本件土地も公道と接続することになること、エヌ・アイ・ディ企画は本件確認処分に先立ち被告に対し右通路開設の計画を報告したこと、その後本件ゴルフ場の開発そのものが遅れているため右代替通路の開設も当初の予定より遅れてはいるが、エヌ・アイ・ディ企画は被告に対し平成八年三月完成予定とした右通路の開設計画の工程表を提出し、これにより通路の幅員、仕様等についてもおおむね具体的に確定していることなどが認められる。また、平成七年五月二九日に本件土地の現場付近を撮影した写真である乙第八号証及び前記乙第一二号証の二によれば、原告が使用できなくなる町道及び私道の形状は、幅員が狭く整備されていないものであって、代替通路として確保される予定の通路と比較した場合に、右代替通路が著しく劣るものとはいえないことが認められる。これらの点を考慮すれば、本件開発事業により原告の所有権の行使が実質的に完全に奪われる結果が生じるとはいい難い(なお、原告の主張にかんがみても、原告が本件土地を現実に使用してきたものとは認め難い。)。

(二)  本件確認処分と原告の権利・利益の侵害との関係について

(一) で述べたように、本件土地については代替通路が確保される予定であり、原告適格の根拠となるような原告の権利・利益の侵害が生じるおそれは認め難いというべきであるが、そもそも、本件確認処分は、被告が開発事業の工事の設計の確認をすることにより開発業者に開発事業の施行を許容するものであって、私人間の法律関係に直接変動を生じさせるものではない。

すなわち、本件土地が原告主張のとおり従前の通路を使用し得なくなるとしても、直接にはそれは本件確認処分の効果ではなく、町道の廃止処分及び私道の閉鎖により生じた結果であり、町道廃止処分と本件確認処分は別個の処分であるから、本件確認処分が取り消されても、町道廃止処分の取消しあるいは私道の回復という効果は当然には生じないのである。

したがって、原告が主張する従前の道路が使用できなくなることにより生じる本件土地所有権の侵害は、仮にこれが発生するとしても、本件確認処分により直接もたらされる法的効果ではなく、本件確認処分の取消訴訟の原告適格を根拠づけるものではない。

たしかに、本件町道が廃止され私道が閉鎖されたのは、本件ゴルフ場の開発事業のためと推認され、その意味で本件開発許可及び本件確認処分は町道の廃止及び私道の閉鎖と密接な関連を有するものであるが、本件条例は周辺地域の災害防止及び生活環境の保全を図ることを主たる目的とするものであり、本件確認処分は、法的には、町道の廃止等を前提とし、ゴルフ場開発事業の工事の設計が災害防止、環境保全等の基準に適合しているかどうかを判断するものにとどまるものと理解されるのである。

(三)  以上のとおり、原告は、本件確認処分により原告の所有権の行使が実質的に侵害されると主張するが、これを肯認することができない。

そして、原告は、右以外に本件土地に関する個人的利益を挙げて原告適格を主張するようであるが、その具体的主張はなく、また、2で検討したように、本件条例はそのような個人的利益を保護するものとは解されないから、原告に法律によって保護された利益があり、本件確認処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあるとはいえない。

4  以上のとおり、原告は本件確認処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者には該当せず、原告適格を有しないというべきである。

三  結論

よって、原告の本件訴えは、原告適格を欠く不適法な訴えであるから、その余の点について判断するまでもなく、これを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩井俊 裁判官 堀晴美 大西達夫)

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